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金刀比羅神社 御朱印/茨城県石岡市 [御朱印 神社 茨城]

金刀比羅神社御朱印

金刀比羅神社御朱印.jpg


【神社概要】

■金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)

創建年:不詳

御祭神:大物主神、崇徳天皇、経津主命

旧社格:―

例大祭:10月10日(秋季例祭)

参拝日:平成29年2月18日


【金刀比羅神社御由緒】




約2000年前、第10代崇神天皇は、大和国御諸山に鎮座する大物主神を畏敬して親しく教導を仰ぎ、その御加護をもって、海路を開き、日本を統一した。このとき、北関東地方は、崇神天皇の皇子豊城入彦命が、大物主神の神命を奉じて統治することとなり、当地方の開拓が始められた。当神社の鎮座地は、その古称を森・森木・守木とも言うが、これは神社・神木・神垣の意を表し、古代神木祭祀の時代から由緒ある神域であったことを伝えている。。平安時代中期から鎌倉・室町時代にかけて、森の祭祀は常陸大掾平氏とその一族の森木氏に継承された。神仏混淆であったその時代に、森には守木寺や八大寺という寺院が付属していた。天正18年戦乱の兵火に巻き込まれ、森は壊滅し、常陸大掾氏も滅亡した。そのが、大掾氏の後裔である別当八大院によって神社が復興された。江戸時代、府中藩主松平家の信仰は殊のほか篤く、当神社に手厚い庇護と多大の崇敬を寄せられた。文政10年讃岐国象頭山から御分霊を迎え、その後、社殿や楼門などの一大造営事業行ったが、明治11年の市中大火により焼失した。また、昭和4年の大火にも類焼した。明治3年、「府中森金毘羅大権現」を、「石岡森金刀比羅神社」と改称。明治39年市内茨城カンドリに鎮座の香取神社を合併。昭和27年8月22日宗教法人設立。


【金刀比羅神社御朱印授与所】

社務所、初穂料:300円

御朱印帳なし


【神社情報】

鎮座地:茨城県石岡市国府6-2-1

最寄駅:JR常磐線石岡駅

駐車場:あり



茨城県石岡市に鎮座する金刀比羅神社の御朱印です。神社の歴史の中で、「森の神社」としての歴史、「平氏ゆかりの神社」としての伝統、そして「こんぴら信仰に由来する神社」としての側面を持っています。特に平安時代中期に桓武天皇の曾孫である平高望王から国香・貞盛らが常陸大掾という官職を得て国府に着任して以来、平氏ゆかりの神社として森の祭祀が継承されるようになりました。


江戸時代になると府中平村の鎮守として府中藩主松平家の信仰は殊のほか厚く、手厚い庇護と多大の崇敬を寄せられました。明治以降も「笠間の稲荷か、石岡の金刀比羅さまか」といわれ、毎月10日の縁日(月次祭・こんぴら祭)には多くの参拝客で賑わったとのこと。


2000年(平成12年)2月に不慮の火災で社殿を焼失、2005年7月から2年間かけて復興が進み、2007年9月の石岡のおまつりにあわせて、今の新しい社殿が完成しました。


国道355号線沿い、石岡市の中心近くに鎮座しており、かつては立派な社頭があったようですが、明治11年に焼失しその後は再建されておりません。どのような社頭だったか見てみたかった気がします。


神社へは石岡駅から徒歩10分程度で到着します。御朱印は社務所でいただくことが出来ますが、不在の場合もありますので事前に確認されたほうが良いと思います。



【金刀比羅神社地図】



【金刀比羅神社画像】

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